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7 三ツ峠からの富士
(1)三ツ峠山登山 1931年(昭和6年)に昔からある御坂峠(西の御坂峠と呼びます)より2 kmほど東の位置に、御坂隧道(御坂トンネル:延長396m)を含む旧・国道8号(現在の国道20号)が開通した。これにより、三ツ峠登山口入口までバスが運行し、三ツ峠山頂までが一気に短くなった。それまでは、富士急線の東桂村や河口湖駅から登るため、登山時間は4時間ほどでした。「山頂のパノラマ台という断崖の縁に立ってみても」とありますが、現在はパノラマ台というところは無いため何処かわかりません。山小屋が有る台地の所と思います。富士山が見えないときに開運山頂上まではいかないような気がします。
天下茶屋が標高1300mで三ツ峠山登山口が1225m、三ツ峠山1785mですが山頂の開運山まで行かないと1740mぐらいか。登り500mほどの登山です。 「三ツ峠、海抜千七百米。御坂峠より、少し高い。」と書いたのは、茶屋の辺りの標高を描いたのでしょう。 太宰治29歳、井伏鱒二40歳ですのでそれほどきつい山登りではなかったと思います。 しかし、富士山を眺めるには、朝早く天下茶屋で富士山が鮮明に見えることを確認して、午前中の早い時間に登るべきです。この方向からの富士山は、10時過ぎから雲が発生することが多く、午後は太陽が富士山の後ろ側に行くため富士山が霞んでくることが多い。御坂峠に逗留している井伏ですからそんなことは知っています。はじめから、鮮明な富士山を見ようという気持ちがない登山のようです。「富嶽百景」が行った三ツ峠登山としては残念です。 日の出前に登山すれば、朝焼けに染まる富士山が見れたはずです。9月ですので冠雪のない富士山ですが、「富嶽百景」で三ツ峠山頂からの富士山の描写が読みたかった。 (2)三ツ峠登山の服装 「私には登山服の持ち合せがなく、ドテラ姿であつた。茶屋のドテラは短く、私の毛臑は、一尺以上も露出して、しかもそれに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋をはいたので、われながらむさ苦しく、少し工夫して、角帯をしめ、茶屋の壁にかかつてゐた古い麦藁帽をかぶつてみたのであるが、いよいよ変で、井伏氏は、人のなりふりを決して軽蔑しない人であるが、このときだけは流石に少し、気の毒さうな顔をして、男は、しかし、身なりなんか気にしないはうがいい、と小声で呟いて私をいたはつてくれたのを、私は忘れない。」 太宰治の服装はそれほどみじめではありません。大山の、明治から昭和初期までの絵葉書を見ると、その服装、履物に驚きました。 地下足袋が多く見られました。画像が鮮明でないため、一枚しか載せませんでしたが、地下足袋と思われる人が数名いました。現在でも。登山用の地下足袋が売られているので、結構登山には適した履物かもしれません。 素足に草履が一番多いようです。少年も、青年も、老年も素足に草履です。かかとと甲を固定しない草履で、岩場の多い大山を登っていたようです。 素足に下駄の強者もいます。びっくりします。靴らしき物を履いている人もいました。
丹沢山地大山の、明治から昭和初期までの絵葉書、登山者の服装装備 神奈川県立図書館デジタルアーカイブ より引用 (3)三ツ峠茶点で見た井伏の放屁 「井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆつくり煙草を吸ひながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさうであつた。」 井伏氏は放屁しなかったようで、つまらなさそうであったのは太宰治のほうであったようです。また、和服の井伏夫人も一緒に登山したが、夫人は最初から登場人物から消されています。和服の井伏婦人には厳しい山登りです。「富嶽百景」は事実をもとに書かれた私小説ではなく、事実をもとに再構成した私小説風の小説として読むのが良いようです。 ここでは著明な井伏鱒二先生が、「放屁なされた」と書き小説の雰囲気を明るくしてます。
(3)三つ峠山茶店の富士山 「私たちは、番茶をすすりながら、その富士を眺めて、笑つた。いい富士を見た。霧の深いのを、残念にも思はなかつた。」 御坂峠に来て、天下茶屋からの富士山を「好かないばかりか、軽蔑さへした。」と言った、3日後に「いい富士山」を見たと書いています。ちょっと早すぎます。この富士山は実物ではなく写真の三ツ峠からの富士山です。上で表示した写真のような富士山だと思います。、富士山としては、天下茶屋からの富士山より素晴らしく秀麗富士と言われており、太宰が言う「おあつらひむきの富士」です。 これは茶屋の老婆が写真をもって懸命に説明してくれる富士山(老婆)に感動して、「いい富士を見た」と書きました。「富嶽百景」は富士の百景ではなく、冨士に関係した人の百景を描いた小説です。そのため、富士の評価は簡単に変わります。 「老爺と老婆と二人きりで経営してゐるじみな一軒を選んで」とありますが、ここは天下茶屋のおかみさんの祖父の小屋です。
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