大野山の「柚子胡椒」に胡椒が入っていない

10 トウガラシの史料 トウガラシ伝来等 




基本資料

①国際日本文化研究センター | 古事類苑画像検索システム「蕃椒」

②江戸期の本草・名物・物産・博物書 成立・初版年表・真柳研究室

③日本の医薬・博物著述年表(所在・公開画像リンク増訂版)真柳 誠

④江戸時代の辞書・三重大学附属図書館


検索サイト

⑤新日本古典籍総合データベース (検索)

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①国際日本文化研究センター | 古事類苑画像検索システム「蕃椒」

古事類苑(こじるいえん)は、明治政府により編纂が始められた類書(一種の百科事典)である。1896年(明治29年)-1914年(大正3年)に刊行された。古代から1867年(慶応3年)までの様々な文献から引用した例証を分野別に編纂しており、日本史研究の基礎資料とされている。日本最大にして唯一の「官撰百科事典」。蕃椒に課する文献が記載されています。古事類苑 - Wikipedia

しかし。この検索に「唐辛子」、「白芥」をいれても、「該当するデータは存在しません。」となります。

古事類苑   蕃椒


古事類苑古事類苑



古事類苑
古事類苑







唐辛子の日本伝来に関する史料

唐辛子の日本伝来は意外と複雑で確立されていませんが次の三点があります。


(1)1542年、ポルトガル人が豊後の国(現在の大分県周辺)に来舶した際、大名の大友宗麟に南瓜の種とともに唐辛子の種子を献上したという説。

「蕃椒(トウガラシ):蕃椒は最初は南亜墨利加(南アメリカ)州の東海浜なる伯亜兒国(ブラシリア)より生じたるものにして、天文 (元号十一年(1542年)に波繭杜瓦爾(ポルトガル)人の持ち来る」
『故に西洋人はこれを「ブラシリペイブル」と名付ける、「ペイブル」は辛き実の意味で、「胡椒」を番人は「ペイブル」と呼ぶ也』

南瓜の種子と共に
「南瓜(ボウフラ)天文年中西洋人初めて豊後国に来航し...国主大友宗鱗に献じ」


佐藤信淵・滝本誠一編 草木六部耕種法 20巻. [9] 蕃椒(トウガラシ)  (1829年)


蕃椒(トウガラシ

草木六部耕種法 20巻. [9] - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)28/62  よりi引用


 草佐藤信淵・滝本誠一編 草木六部耕種法 20巻. [9] 南瓜(ボウフラ、カンボチャ)  (1829年)

 

草木六部耕種法 20巻. [9] - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)19/62よりi引用


(2)1592年の豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に朝鮮から持ち帰ったという説である。

①貝原益軒「花譜」(1709年 元禄11年刊)。


貝原益軒は、「朝鮮から来たのでこうらい胡椒」」と「西國にて南蛮胡椒と稱す」 とも書いています。


貝原益軒「花譜」(1698年 元禄11年刊)

「蕃椒(たうがらし):文禄年中秀吉公の朝鮮を討ち給ひし時。彼地より種子を持来てはしめて日本に植る故にこうらい胡椒ともいふ。又、西國にて南蛮胡椒と稱す」 
*文禄(1592-1596年)


  
 

1664年35歳の時、福岡藩に帰藩し、150石の知行を得、藩内で朱子学の講義など。

1714年の「菜譜」では「番椒(タウガラシ) (菜譜 3巻36/94 - 国立国会図書館

貝原益軒「花譜」(1698年 元禄11年刊) -6/26 早稲田大学 よりi引用
 



 

花譜62/78 - 国立国会図書館デジタルコレクション


 


1714年の「菜譜」では「番椒(タウガラシ) (菜譜 3巻36/94 - 国立国会図書館







菜譜38/38-貝原益軒アーカイブ | 図書館 | | 中村学園大学・中村学園大学短期大学部




貝原益軒「花譜」(1709年 元禄11年刊)

 
よりi引用 


貝原益軒「花譜」(1709年 元禄11年刊)
 

 よりi引用






②貝原益軒「大和本草」(1709年)。

「番椒(タウカラシ):昔は日本にこれなく、秀吉公朝鮮を討ちし時、かの国より種子を取りに来る、故に俗に高麗胡椒といふ」

貝原益軒「大和本草」] 番椒(タウカラシ)  (1709-宝永 6年刊)




大和本草. 巻之5 / 貝原篤信 編録 - 早稲田大学 15/41(1709-宝永 6年刊)  よりi引用




*貝原益軒「菜譜」]  (1714-正徳4年刊)

「番椒(タウカラシ):近世、朝鮮より来たので高麗胡椒」

貝原益軒「菜譜」] 番椒(タウカラシ)  (1714-正徳4年刊)




菜譜 3巻36/94 - 国立国会図書館デジタルコレクション  よりi引用




③越谷吾山 編輯『物類称呼』(題簽書名:諸国方言物類称呼)(1775年刊)

『番椒 たうがらし 京にて「かうらいごせう」と云ふ。太閤秀吉朝鮮を伐給う 時、種取来 る。故に此名有、西國及び奥の仙臺にて「こせう」という、東国にて眞の胡椒をゑのみ「こせう」という、出羽にて「とこぼし」といふ、但し奥羽のうちにても「なんばん」と称する所もあり、上總及参遠にて「なんばん」といふ、越前にて「まずものこなし」といふ、是は江戸にて番匠の隠語にかけやといふもおなじなり。』


越谷吾山 編輯『物類称呼』(題簽書名:諸国方言物類称呼)(1775年刊)



 
『物類称呼』(1775年刊)三-早稲田大学 7/25よりi引用

④、『対州編年略』(1723年) *対州は対馬のこと

「慶長10(1605)年此朝鮮より番椴渡る。」
「たうがらし 西国及奥の仙台にて、こせうといふ、東国にて眞の胡椴をのみこせうといふ。」

閲覧できる原本無し

⑤菊岡沾凉 述 「本朝世事談綺」巻之2-5 享保十九年(1734)刊行

「秀吉朝鮮征伐の時、はじめて取来ると云、又慶長十年たばことおなじく蛮国よりわたるともあり、南蛮胡椒と云、中華には番椒と云、番は南蛮の事也」



菊岡沾凉 述 本朝世事談綺、巻之2-5 享保十九年(1734)刊行 番椒>トウカラシ)




本朝世事談綺、巻之2-5 5/31 よりi引用



(3)慶長年間(1596 ~1614年)南蛮人によってタバコと同時に渡来したという説 。


①人見必大の『本朝食鑑』1697(元禄10)年刊。日本のトウガラシに関する最初の文献です。

『本朝食鑑』、菓部、味菓類「番椴 登宇加良志(トウカラシ)と訓む。 (中略)我が国で番轍を使 うようになってから、百年に過ぎない。煙草 と相先後 して、いずれも番人によって伝播され、海西から移栽 して、今は全国にある。」


人見必大の『本朝食鑑』1697(元禄10)年刊









[気味]辛。大熱。有毒。多食すると、血を破り、眼を損ない、瘡毒 を動かす。

[主治]胸隔を開き、宿食(消化不良)を下し、鬱滞を利し、悪気を 去り、邪瘴(山川湿熱鬱蒸の気で、熱病を起こさせる邪悪なもの)を逐 い、婦人の経閉を通じ、死胎を堕す。痔痛を止めることは、尤も神妙で ある。

[附方]寒湿泄瀉。番椒数枚を味噌に合わせ、酒を加えて泥状に研り まぜ、糯もちに塗って炙り食すると癒える。鞋履傷瘡。繋鞋・草履で遠 歩きして摺り破り、水疱が生じ、疱痛の甚だしい場合、番椒を黒く焼い て細末にし、糊状に粘らして紙に貼り、これを傅ると、水も漏れ、瘡が 皺んで癒える。

榎戸瞳「江戸時代の唐辛子 : 日本の食文化における外食食材の受容 (PDF) 」 『国際日本学論叢』第7巻、法政大学大学院 国際日本学インスティテュート専攻委員会、2010年3月18日、 7頁。


本朝食鑑. [2] - 国立国会図書館デジタルコレクション)39/193よりi引用



寺島良安編纂『和漢三才図会』正徳2年(1712年)成立

『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)は、寺島良安により江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典)。

番椒(たうがらし)番は南番の意味。俗に南蛮胡椴 という。今は唐芥子という。 番椒は南蛮に産する。慶長年中(1569~1615)にこれと煙草と が同時に日本にもたらされた」


寺島良安編纂『和漢三才図会』正徳2年(1712年)成立







 

「和漢三才図会」-早稲田大学24/44より引用






③天野信景著「鹽尻 」 随筆.  (1661-1733)


「番椒(トウガラシ):我国是を食する事百年に過す。淡婆姑(タバコ)と相前後す倶に蛮人より傳へ種して今世に広く食う」

「鹽尻 」 随筆.  /天野信景著(1661-1733


 
塩尻 : 随筆. 下 - 国立国会図書館デジタルコレクション328/443よりi引用





④「成形図説巻之二十五」 薩摩府学, 文化元[1804]


「唐芥(トウカラシ) 即番椒也、芥菜に依て命ぜし名なり、里言にマズモノコナシなども呼べり、南蛮胡椒・或説に原その種を蕃国より漢國に傳ける故にかくいえり、我東北圀にてはただ南蕃とのみいひ、九州にて胡椒とのみいふ、胡椒は即蕃地よりいづる蔓艸の実して味辛し、故に此者の辛よりその名を借用るなり、高麗胡椒・或日豊太閤朝鮮を征れし時に、此種を携しより、この名ありといえり」

「此種の皇国に入しは文禄の比ほひ、煙草と共に将来ると云」


ここでは「南蛮胡椒」と「高麗胡椒」の伝来、別名二つが出てきます。



成形図説巻之二十五 唐芥(トウカラシ)

















版はたいていの刊本が黒白刷りであるが、ごく少部数だけ彩色刷りの特製本が発見されている。
これは将軍家や有力大名家への贈呈用であったと推定される。成形図説とは - コトバンク (kotobank.jp)()








成形図説巻之二十五-早稲田大学 20、24、25/29 唐芥(トウカラシ) よりi引用





大野山の「柚子胡椒」に胡椒が入っていない-完





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