1 葛飾北斎画「富嶽三十六景 本所立川(ほんじょたてかわ)」は北斎の騙し絵です。 (1) 葛飾北斎画「富嶽三十六景 本所立川」 (2) 葛飾北斎画「富嶽三十六景 本所立川」の解説 「本所立川」の作品解説は『「富嶽三十六景 本所立川」は北斎の騙し絵其の一』に記載してますその中から一つ掲載。
(3) 『本状立川」の木挽職人が主役 木材の西村置き場の真ん中で、職人が木材を木挽しています。その木材の先に富士山がいます。「本所立川」の中心となる部分です。」
江戸の浮世絵好きのおばちゃんは鋭い指摘をしてます。 木挽職人の足が平行になっている。これでは力が入らないネ 北斎の「富嶽三十六景 遠江山中」の木挽き職人は両足とも前方に足を向けています。この足の方向が力が入る方向です。
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前回「だまし絵 其の一」で騙された「あ北斎同好会」の源蔵会長は今回は平面図まで作り検討しました。
基本的に、幅137cmほどの空間に大きな木材切断の作業場所を設置するとは考えられません。「本所立川」の作品で画面の中央に木挽職人を描くために、北斎が作った作業場所です。 木挽職人の周りに、水の空間を描き、左の積上げた木材よりも高い位置で作業することにより、鋸職人の周りの空間は広々として、鋸を挽く姿に違和感はありません。読者は、その続きで切断される木材の左側には、木材が安定しておかれる空間があるのだと勝手に納得してしまいます。しかし注意深く眺めると、切断される木材の左側には空間が無く、竹束が有ることに気づきます。 だまし絵としては、一級品とは言えませんが、最初に眺めたときには気づきませんでした。北斎がこのよう意図的なだまし絵を描くとは思っていなかった為です。 「本所立川」の働く三人の職人がすべてだまし絵になっていることに驚き、にんまりとして描いている北斎の姿が浮かんできました。 北斎と西村与八の遊び心 (1)西村置き場は「西村永壽堂」の広告文でいっぱい(図) 「画中右下の立て掛けた材木等に、右から「馬喰丁弐丁目角 西村」、「西村置場」、「永壽堂仕入」、「新板三拾六不二仕入」などの書き入れがあります。したがって、裏富士シリーズの最初の一枚目の可能性が高い作品と言えます。」 「馬喰丁弐丁目角 西村」、「西村置場」、「永壽堂仕入」で、「富嶽三十六景」の版元である西村永寿堂の宣伝をしてます。
「新板三拾六不二仕入」で、この作品が前に出た三十六枚に続く新しいシリーズの最初の作品であることを表しています。新しいシリーズも楽しさ満載ですよという意気込みが感じられます。世界の名画鑑賞として作品を眺めていた気持ちが、この画面により変ります。「富嶽三十六景」のシリーズは、床の間に飾る芸術作品として作成されたものではなく、、江戸庶民が、日常生活の中で気軽に眺めて楽しむため、大量販売された作品であることに気づきます。北斎および西村与八の遊び心を楽しむ作品でもあります。
(2)西村置き場の前の板材はどこで固定されているか 図6aに紫色で材料置場の隠れた枠材を描きました。この状態ですと「永壽堂仕入」の板材が枠に少しかかる状態で、「新板三拾六不二仕入」までの三個の板材を支えることはできません。 いたざいがあんていするには、図6bのように枠の左横に支持枠が設置されていると推察します。。しかし、画面に描かれていないため、見ている者に不安定な気持ちが残ります。三個の木材の塊を束ねている紐が奥の枠材の柱に延びているのも気になり、どのようにして固定しているのかわかりません。 実際には、4角に作った材料置き場にさらに材料を固定する支持棒を出すとは思えません。「富嶽三十六景」の広告のために、支えが無いこの場所に板材を置くことになったと思います。
(3)何故、材料置場の外に材木を置く 材料置場を狭くして、その置場の外側に木材を置いている意図がわかりません。木枠の上では木材が連続しているように描いているので、図のように木材を置場の中に置いたほうが、気持ちが落ち着きます。また、その横の板の木材のも安定します。
(4)木材置場から木材の束をどのようにして出し入れするか。西村置場の看板が邪魔です。 木材置場にある木材の束を職人に持たせて木材置き場の外に出そうとしてます。 @一人で持つには大きく重そうです。しかし、二人でどのように持つかわかりません。特殊の道具が必要です。 Aこの職人は立川一の力持ちで、このぐらいの木材は軽がると移動できるとします。しかし、西村置場の看板がかかっている木枠があるため、右は地面にぶつかり、左は木材にぶつかります。木材置き場の空間がもっと広ければ木材の束を斜めにして外に出せるかもしれません。
図10b 「本所立川」の木材置き場に施錠装置
(5)材料置場に置かれている木材の長さが、何故極端に異なっているのか。 木材をひとつの束にする場合、長さをそろえるのが販売の基本に思えますが、紐で結んだ木材の束のなかでも木材の長さが異なります。明らかに、「木材の間から見える富士山」を効果的に見せるために、木材の長さを変えていると思います。図11aのように、木材に囲まれた富士山は100km先に居る富士山ではなく、本所立川の木材置き場に置かれた富士山のように見えます。 本所立川の富士山は、中央に富士山を貫くような二本の木材を描いています。富士山の中央にこのような物体を描いているのは作品は少なく、この作品のほか「甲州三嶌越」「武州千住」しかありません。中央の木材を取り除いた富士山は図11bのようにすっきりした富士山になります。あえて木材を中央に描くことで、本所立川の富士山の印象を強くしています。木材の間から見えるのが本所立川の富士山だという北斎の幼い頃からの印象を描いたのかもしれません。
(13)「本所立川」の富士山は、実際に見える富士山より立派な富士山です 図309Lのように、「本所立川」の富士山と、方向が同じ高指山からの富士山を重ね合わせます。横幅を49%縮小した富士山が「本所立川」の富士山と良い一致を示します。「本所立川」の富士山の境界線を高指山からの富士山に赤紫の線で書き込み、図309Mにします。標高1000m以上の富士山を縦方向の描写度100%とすると実際に見える富士山は2400mから上の富士山で50%で、「本所立川」の富士山は100%です。面積的には実際の富士山の4倍以上で、富士山を殆ど丸ごと描いています。北斎が描く江戸各地の富士山は、北斎がその土地にあったらいいなと思う富士山を描いています。 実際の富士山に比べ少し立派過ぎるように思えますが、本所立川の読者は、「おいらの町の富士山は立派な富士山」と喜んで受け入れたと思います。 実際には見えたと思われる丹沢山地を描かない。 富士山の下にある丹沢山地を描いていません。丹沢山地のかわりに富士山の中腹を描いています。もし、江戸各地の富士山の特徴を描くとすると、江戸周辺からの富士山はすべて同じ形ですので、その下の丹沢山地の山並みの形で表すことになります。北斎は丹沢山地の形状のより、江戸各地の富士山の特徴を描こうとはしていません。題名にしている地名は、その土地の風景で示しています。「本所立川」の場合、木材の町なので木材の後ろに富士山を描きます。中央に富士山を突き刺すような木材を描いていますが、これにより本所立川の富士山を印象付けます。
「本所立川」」で何を描いたか (14)2本一組の木材とバラの木材と板材の束が、何故画面中央に置かれているか 2本一組の木材とバラの木材が、何故画面中央に置かれているかがわからない。これらの木材の注文が来たので、その客が来たとき、運びやすいようにここに置いてある。しかし、すぐ横にこの木材用の置き場があるので、そこに縦に置いておくのが普通で、この場所においておくとかえって作業の邪魔になりそうです。 まず、図13に示すように二本一組の木材がどのように置かれているかもはっきりしない。2本一組の木材に接触しているのは中央の板材の束です。しかし全長の35%ぐらいのところで板材と接触しているので、ここだけの接触では安定しないが、板材の横の角材とは接触していないようです。竹束の左側にある棒が、2本一組の木材の支持棒になっているようですが、少し高さが足りない用でもある。木材の影が描かれていればその辺りの接触状態がわかるが、浮世絵は影が無いので、このような立体画像の詳細は不明になる。 この支持棒の途中から紐が横に伸びている。二本一組の木材の右に同じ太さの棒があるので、紐はこの棒まで伸びて、竹を束ねているようです。竹束を括るための棒を支持棒として、2本一組の木材が板材の上に置かれていると考えます。2本一組の木材を画面中央に置くために、北斎は相当苦心しています。 バラの木材二本もかなり苦心して、角材の間に割り込ませています。板材の束も、角材置場に無理においてあるようです。 ![]() 図13 「本所立川」」の画面中央に置かれた4本の木材と紐の先の想像図
置かれる必要も無い二本一組の木材とバラの木材と板材の束を、この画面中央に置いたのは、「本所立川」の構図の要請と考えます。 北斎は、垂直、直角に置かれた木材および家並みの整然とした画面の配置を破るために二本一組の木材とバラの木材と板材の束を描いたのです。図14に二本一組の木材とバラの木材と板材の束を除いた「本所立川」を示します。二本一組の木材とバラの木材と板材の束がない画面は整然としてますが、躍動感が無く、働く職人の声も消えて全体の活気が失われたようです。二本一組の木材とバラの木材と板材の束が、画面全体に活気と躍動感を与えているようです。
図15のように、二本一組の木材とバラの木材のと板材の中心点から各木材の伸びる方向に直線を描くとその線上に「本所立川」の主な構成要素である「富士山」、「働く職人」、「投げられた木片」、「西村置場」」が描かれています。北斎は、この放射線状の構図を意識して、各要素を描いています。読者はこの放射線状に視線を移動することにより、画面から木片の受け取りを行う「いくぜ-」、「あいよ」の掛け声、鋸を引く音がきこえてきて、画面全体の躍動を感じます。
「江都駿河町三井見世略圖」では、職人の動きと2種類の凧が画面に躍動感をだす役割を担っています。
図309Rのように、本所立川の働く職人と富士山は切断される木材の形成する直線で繋ながれており、職人は「おはようございます、今日も元気で働いてます」と挨拶し、富士山はその挨拶を受けて、温かい心で働く職人を見守っている構成になっています。
![]() 図309R 「本所立川」の富士山と働く職人との関係
図309Sのように、「本所立川」を更に深読みして、「本所立川の住民の願いを富士山に飛ばしている図」と見ます。
富士参拝にいかれない本所立川の「富士講」信者の願いごとは、木片に書いて左の高い木片の山に積まれていきます。その願い事は、富士山山開きの旧暦6月1日に、本所立川から富士山に飛ばします。願い事を書いた木片が上の職人から下の職人に投げて渡されます。下の職人は、願いごとを書いた木片を、大きな角材の形をした大筒に装填します。二本一組の木材とバラの木材が、その大筒の台座になっています。鋸職人が鋸を手前に引くと願いごとを書いた木片は富士山山頂に飛んでいきます。 描いた年代はわかりませんが、北斎漫画に図309に示す大砲の図があります。「本所立川」を描いた時には、大砲の概念は持っていたと思います。これから願い事を飛ばす大砲を描いたかもしれません。 富嶽三十六景は、江戸時代だけでなく、現在の読者の想像を膨らませてくれるシリーズ作品です。 ![]() 図309S 「本所立川」は「本所立川の住民の願いを富士山に飛ばしている図」
![]() あ北斎同好会 今回も集まってます ![]() あ北斎同好会の人物は北斎漫画から引用 |
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